Handsome Devil ~友だちが欲しい!


父親の再婚で全寮制の学校に転校することになったネッド(Fionn O'Shea)と、前の学校で問題を起こし転校することになったラグビーの有力選手であるコナー(Nicholas Galitzine)が寮で同室になり物語が展開していく。繊細な文化系男子が体育会系にゲイといじめられてて、体育会系の中で他とちょっと違う男の子が実はゲイで、立場を越えて距離を縮める2人だけどやはり障害が大きくて葛藤……みたいなよくある話かと思ったら違った。

この話が少し違うところは、もうひとり新たにこの学校に来た英語の先生(Andrew Scott)の活躍。熱血で風変わりな先生は、ネッドの殻をやぶらせようと努める。また、ラグビーの遠征試合の後で、ゲイバーで恋人といるところをコナーに見られてしまい、慌てて秘密にして欲しいとコナーに持ちかけ、コナーの秘密も知ることになる。

ネッドは知識だけはある頭でっかちで社交性はないという典型的な文化系の思春期男子なので、体育会系にいじめられても心の中では彼らを馬鹿にして気持ちのバランスをとっていた。熱血教師の力でも彼は自分の殻をやぶれなかったけど、コナーとの友情で変わっていった。全世界を斜めに見て、自分は違うからって言っていたけど、友だちができて、本当の自分らしさをものにし始めた。

そんなとき、コナーが殻にこもってしまう。コナーは映画でよく見るクローゼットの運動選手。だけど今の立場を守るために嘘をつき続けることに疲れてしまう。そこで、先生の出番。人生の先輩であり、その道での先輩として、彼はコナーに今は我慢だと伝える。大人になれば今よりも生きやすくなるから、今が辛いのはわかるけど、待つしかないというのは、すごく現実的で誠実な内容だと思ったけど、コナーは既に我慢の限界でもうこれ以上無理ってなって逃げてしまう。最悪の展開ならここで死が待っているんだろうけど、この話はもっと今っぽい終わり方をした。それがよかった。


コナーがゲイだということが広まって、コーチは差別して排除しようとするんだけど、チームメイトは自分たちの勝利のためにはコナーが必要だってことで彼の側に立った。中には皆が行くならって感じで動いた人もいたけど。それでも、その動きは今どきで自然に思える流れだった。大きな括りでの差別や、どっちが上下とかって、個で対応したらそんなのないってなる。コナーは勇気を得て、ゴールキックを決める。

ひょうひょうとした校長先生の存在もよかった。最後に英語の先生は恋人を校長先生に紹介する。それを少し驚きながらも、受け入れる校長先生がいい。

これを観て、“繊細な文化系男子が体育会系男子と立場を越えて距離を縮めるけどやっぱり障害が大きくて葛藤……”みたいな例として『Get Real(同級生)』(1998)を思い出して見直した。この文化系主人公には何でも話せる幼なじみの女子がいたことが大きく違う。そして、ネッドは同性に対してというのではなく、単純に友だちがいなかったんだと思う。そういうのに餓えてて、でも自分からどうにもできなくて、環境きっかけで(あと先生のお節介も少し)一歩踏み出すことができた。コナーも臆病だったけど踏み出せた。このラストと『Get Real』を比べると、第一印象は似ていても全然違うテーマを扱った話だったってわかる。

Sleeping Giant ~ 「TOO MUCH PAIN」少年たちの夏休みの冒険


男の子は夏に成長する。それを描いた素晴らしい映画がたくさんある。これはカナダを舞台にした時間を持て余す夏に成長する男の子たちの物語。15歳のアダム(Jackson Martin)は、お金持ちの白人の見本ですみたいな、優しくて物わかりのいい両親とスペリオル湖の別荘に来ていた。そして、そこで出会ったネイト(Nick Serino)とライリー(Reece Moffett)とつるむようになる。2人はいとこでネイトはおばあちゃんの家で暮らしていて、そこにライリーがやって来たという状況。

最初の場面から、この作品が映し出すリアルさが直撃してくる。ドキュメンタリー?ってくらい。実際に、ネイト役とライリー役の2人は地元民でいとこ(おばあちゃんも実のおばあちゃんで、この2人はこの長編作の前の同名短編作にも出ていた)。自然な子どもたちの様子を撮るって感じは、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』や『パラノイドパーク』を思い出す。男の子3人が大自然の中で遊ぶ夏の物語ってところでは、『キングス・オブ・サマー』を思い出す。あっちはカラッと元気に楽しい物語だけど、これはもっと痛いところをついてくる。初心な子どもが新しい世界を知っていくというのでは、『エレクトリック・チルドレン』を思い出した。この絵柄(下)も似ていた。


3人の少年たちそれぞれに物語があって、みんな痛みを伴う。アダムの場合は、自分の行動によってそうなった。それが成長するってことなんだけど。親の躾けに従って素直に育っていたアダム(母親にとってはまだかわいい子ども)が、同年代の友だちと関わるようになって、しかも育ちの違う子たちで、世界を見る目が変わっていく。アダムの純粋さは、時には潔癖すぎると感じるところもあるくらい。だからこそ、思うようにいかないときに利己的に行動してしまうのかな。手厚く守られて、挫折を知らないできたから、心の準備ができていなくて、自分を守ることしかまだ考えられない?

ネイトとライリーは既に挫折を味わっていた。ネイトは親の代わりにおばあちゃんと暮らしている。地元で有名な崖からの飛び降りを成功させた先輩を誇りにしているけど、彼はトレーラー暮らしでハッパを売って稼ぎにしている。宇宙関係の仕事がしたいけど数学ができない。悪ガキで発言力のあるネイトだけど、細くて小さい体で精一杯強がっているのが少しずつ見えてきて、悲しくなる。ライリーはアダムとネイトの中間くらいの育ちだと想像する。自分でもその違いを認識してそう。アダムのお父さんに懐いていたのには、自分の父親に対する想いがあった。今まで調子にのって軽い口ぶりだったのに、「将来はコックになりたい。父親がそうだったから」って言う健気な一面に、一気に愛着わいた。でも2人の痛みは、誰かが簡単にどうにかしてやれるものでなかったのが辛い。

アダムは、ネイトに比べて落ち着いていて身体も大人っぽいライリーに憧れのような感情を抱いていたと思う。ライリーの1番の親友は自分で、その座を守りたいみたいな。だから、テイラー(Katelyn McKerracher)との関係についても、「友だちだよ」って否定していたのは照れもあっただろうけど、本心からそう思っていたと思ったし、ライリーとテイラーがくっついて焦ったのも、ライリーを取られたくないからかと思ったんだけど、他の人の感想を読んでみるとテイラーをライリーと取り合ったって解釈の人もいてびっくりした。ライリーの筋肉の撮り方や2人の息の強調ぐあいとか、女の子に比べて男の子の瑞々しさの表現の方に力量注がれていたと感じたので、3人の少年たちの友情以上の絆、独占欲みたいなのが絡み合って、クライマックスを迎える物語だと思った。

途中のBBQパーティの場面でMac DeMarcoが流れてお!と思った。


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